24年間唱え続けた「エイジフリー」 ~女性が仕事で輝くために~

社員の80%が女性の会社で社長をしております。「エイジフリー」を唱え続けて24年。「女性がいくつになっても仕事で輝いていける」ように、そして後に続く若い人達の為にも、そんな社会を皆で作りましょう。

2005年12月06日

女性の就職を支援する「エイジフリー」という理念

リベラルタイム藤沢久美
(シンクタンク・ソフィアバンク副代表)

新「ニッポン」の事情 第21回
(インタビュー)

リベラルタイム 2006年2月号 リベラルタイム出版社
(取材日 2005年12月6日)


三十七歳、一児の母の営業デビュー


藤沢 太田さんは、三十七歳で営業という職業に初めて就かれました。
当時、一歳になる娘さんを抱えてのスタートでしたから、今日までの道のりには、並々ならぬご苦労があったのではありませんか。

太田 私が入社した頃は、女性の営業社員というのは非常に珍しかったんですね。幸運なことに、最初に入社した会社が再就職支援に積極的に取り組んでいたんです。女性だけの営業部隊を立ち上げたところで、とにかく実践で学べというのが当時の教育方針でしたから、入社してすぐに外回りに出されました。
体力的にも時間的にもかなりのハードワークでしたし、同期の女性社員の入れ替わりは激しかったですね。

藤沢 女性ということで、不利なことはありませんでしたか。

太田 営業は、まず断られるという仕事ですから、男女の性差は関係ありませんでした。断られてからどうすればいいかを考えることが大事なんですね。男女差ではなく、むしろ、人とのつながりやコミュニケーションの力が問われるのです。
当時は、飛び込み営業が主な方法で、私は京橋二丁目エリアを任されていました。その後、電話でアポイントを取るシステムに変わりましたが、それでもお客様とお話をすることが好きでしたから、直接会いに行っていましたね。

藤沢 その頃は、主にどのような会社を回られていたのですか。

太田 大手企業から、路地を入った小さな飲食店まで様々です。社内にいれば上司に叱られますから、十時に朝礼が終わると、すぐに営業に出て行く。七月に中途採用で入社したのですが、夏が終わった頃には腕時計のベルトの跡だけ真っ白になっている程でした。
当時は外で女性が一人で食事をすることが恥ずかしい時代でもあり、昼食を食べないことも多々ありました。精神的にも経済的にもどん底の状態でしたね(笑)

藤沢 そうした現場でキャリアを積み、管理職に昇進していかれましたね。

太田 営業会社は、数字で実績を積んだ社員が出世していきます。ただ、私は、数字さえよければよいという考え方には疑問です。営業のスキルと人間性のバランスが取れた存在にならないと、上に立った時に人を教えることはできないし、誰もついて来ません。
私自身が営業部署の責任者になった時にも、営業の仕事と同時に、まず人としてどうあるべきかを指導しましたね。営業職の相手は、機械でなく人間です。まずは人対人の信頼関係がないといけない。そのバランスを備えることが非常に重要なのです。

藤沢 人間性を教育することは大変難しいことだと思います。どのような教育方針を持たれていますか。

太田 一口に人間性といっても、奥が深いものです。私のいう人間性とは。まず、挨拶がきちんとできる、約束を守る。それから相手の立場が理解でき、自分よりも人のことを考えられるという、至って基本的なことです。
人を蹴落としてまで自分が一番になるという考え方では、頂点に行っても、すぐに落ちてしまいますからね。


職を転々としても自分自身は成長しない


藤沢 最近の男性の新入社員の話ですが、「目標が達成するまで帰って来るな」と上司にいわれてそのまま家に帰ってしまったり、母親から「息子を残業させないで欲しい」と会社に電話が掛かってきたりと、精神的な弱さが目立ちます。新入社員の教育についてはどのようにお考えですか。

太田 仕事というものは、半年働いた程度では何も見えてきません。新入社員には、とにかく続けなさい、続けることで営業職とは何か、会社や上司がどういうものかが見えてくるのだと話しています。
誰でも働き始めた頃は、嫌なことが八割、良いことは二割くらいしかない。でも、そのうち良いことが八割、嫌なことが二割に逆転します。そうなった時に、やっと一人前。たとえ転職しても、自分自身が変わらなければ、結果は同じです。職を転々とする人は、辞めた理由を他の何かのせいにする。でも結局は、自分が変わらないと成長はできないんですね。

藤沢 少子高齢化で、今後は女性の労働力が非常に重要になってきます。女性には「ガラスの天井」があるといいますが、反面、女性自身も男性の上司や同僚に対して、女性だからこれくらいでいいか、という甘えの「ガラスの下駄」を履き、自分自身で成長を妨げてしまっている部分があるともいわれますね。

太田 当社には女性の管理職がたくさんおりますが、彼女たちは男女、既婚未婚、子供の有無に関係なく部下に接しています。
子供を持つ社員は、終業時間になればお子さんのお迎えに間に合うように帰ります。短い限られた時間の中で効率よく業務をこなす先輩を、独身社員はお手本にするわけです。
男性ももちろん優秀ですが、女性の場合は、特に、仕事に関して真面目で、目標に向けて最後までやりきるという意志が強いように思われます。

藤沢 とはいえ、日本の女性の再就職の現状は、まだまだ遅れています。

太田 経済大国でありながら、残念なことです。しかし、最近、派遣の大手企業が再就職者のために保育園をつくったり、派遣登録に来られた方のお子さんを預かる施設を備えたりと、少しずつ女性の活用に対して配慮がされてきていますし、女性の管理職を増やそうという意識が一般にも高まっています。
当社でも。年齢、結婚や子供の有無、その人を取り巻く環境に左右されない「エイジフリー」というコンセプトを掲げ、本人の意欲や姿勢で仕事を任せるという考え方を打ち出しています。

藤沢 女性は三十歳を超えると、再就職の条件は格段に悪くなります。
太田さんのように転職してトップにまで昇り詰められた方は、多くの女性にとって憧れの対象です。

太田 私は一流大学を卒業したわけでも、技術的に何かが優れていたわけでもありません。むしろ、私のような人間でも一生懸命、目の前にあることを続けることで、ここまで来られる。それが、みなさんの励みになれば嬉しいですね。


女性の活用を目指した事業展望


藤沢 目の前にあることを一生懸命やるということは、いうのは簡単ですが、実践するのは非常に大変なことだと思います。

太田 私の場合、娘がいましたし、生活することが大事だったから逃げ出せなかったんですね。ただ、自分で選択した道ですし、娘に対しても責任があった。たとえ片親でも彼女に肩身の狭い思いをさせない、大学まで進学させるんだという強い意志が自分の中での支えになっていました。

藤沢 一般論ですが、子供が小さい時は母親がそばにいないといけないともいわれます。

太田 まったくナンセンスですね(笑)二十四時間母親が子供のそばについていても、非行に走る場合もあります。私も娘が小さい時は送り迎えをしていましたが、部下ができた頃から母が手伝ってくれました。おかげで仕事に集中して打ち込めましたが、娘とは毎日顔を合わせることのできない生活でした。そこで交換日記をしていましたね。大切なのは、子供に対して、どれだけ大事に思っているのかを伝えることなんですよ。

藤沢 最後に、今度の御社の事業展開についてお伺いできますか。

太田 これから、ますます女性活用の時代に入っていきますので、”女性と仕事”に関する事業の拡大を計っていきたいと思っています。女性が二十代、三十代、四十代…といつまでも輝いて仕事が続けられるそんな社会にしたいです。

藤沢 中高年の方々の定年後の過ごし方は社会問題でもありますね。

太田 私自身、スロースターターであり、子供を育てながら来ましたので、国が再就職支援を打ち出しているという世間の時流にのって、女性と仕事にかかわる事業も手がけてみたいと思っています。一方で、社会貢献としてですが、何かやりたいのに家庭を飛び出せない方々の再就職を後押しするため、まだまだ受け入れができていない日本の企業に「エイジフリー」というメッセージを発信していきたいと思っています。


Posted by midori  at 00:00 │リベラルタイム